20歳 学生 山吹哲さんのエピソード
今日はバイトにいつもより一時間早く出発した。何でも、仕事のあとに一服するよりも、仕事の前に一服してリラックスしてから出勤する方が集中力が高まるらしい。知らんけど。
バイト先の向かいにあるカフェ、ここのエスプレッソが美味しいとバイトの先輩から聞いた。知らんけど。
でもコーヒーじゃなくエスプレッソにするとカフェインも二倍らしい。知らんけど。
だから最近カフェイン摂りすぎな俺は普通のコーヒーにする。知らんけど。
これも美味しいと評判のクランベリーとレモンのパイと一緒に食べよう。知らんけど。
糖分は脳に必要な栄養素で不足すると集中力が切れるらしい。知らんけど。
だから注意散漫になりがちな俺には必須栄養素といっても過言じゃない。知らんけど。
あのカフェにいきたい理由はそれだけじゃない。知らんけど。
あのカフェにはあるウェイトレスさんがいる。透き通るような声でとても素敵な笑顔で接客している女性だ。知らんけど。
年齢は多分俺より4~5上の人かなと思う落ち着いた雰囲気の人で、正直目的の八割はそれだったりする。知らんけど。
今日こそは仲良くなってみたいなぁ…知らんけど。
そんな事を考えながら自転車で走っていた。知らんけど。
でも今日は水曜日、着いてみるとカフェは定休日だった。知らんけど。
このカフェが毎週水曜日が休みだということをすっかり忘れていた。知らんけど。
仕方がないので近くのコンビニでパンとコーヒーを買って近くのベンチに座り途方にくれていた。知らんけど。
「なんか、バイトが始まる前に疲れてしまったなぁ。知らんけど…。」
そんな独り言をボソッと呟いていると、空も心もどんよりと暗くなった。知らんけど。
すると空から、ポツリ、ポツリと雨が降り始めた。知らんけど。
最悪だ。知らんけど。
傘もない。知らんけど。
雨足が強まってきた。知らんけど。
でも、なんだかベンチから動く気力がない。知らんけど。
そのまま雨に打たれていると突然雨音が何かを弾く音に変わった。知らんけど。
「大丈夫ですか? そんなところにいたら風邪引きますよ。」
包み込むような透明感のある声がした。知らんけど。
「今日、お休みなのにお店の前に居たから。」
うつむいた顔をあげるとそこには、あのカフェのウェイトレスさんが…居るわけもなく、居たのは声優を目指している女声のバイトの後輩だった。知らんけど。
「先輩、今日、臨時休業でバイト休みなのにこんなところで何してるんですか?」
後輩の不可思議な眼差しが刺さる。知らんけど。
すっかり忘れていた。知らんけど。
本当に踏んだり蹴ったりで一気に力が抜けた。知らんけど。
「先輩、一緒にメシいきません?」
そんな俺に後輩が笑顔で言った。知らんけど。
なにか察したのか、奢って欲しいだけかはわからないが、予定もないしコイツとメシでも行くことにした。知らんけど。
「いつもの店で良いか? 知らんけど。」
すると後輩は二つ返事かどうか知らんけど
「はいっ!」
と即答した。知らんけど。
ドラマみたいな事ってそう簡単には起こらない。知らんけど。
でも、こういう何でもないような事が、10年20年経ってから素敵な思い出になる。知らんけど。
俺はそう信じてる。知らんけど。
つづく
知らんけど。